赤潮
あかしお red tide‖akashiwo

ある特定のプランクトンが短時日のうちに大増殖して,海域(主に内湾と沿岸部)や湖沼の水が色づいて見える現象。急速な大増殖 blooming(bloom)は一般に異常増殖と言われることが多い。その色は赤潮を構成するプランクトンの種(しゆ)に固有の色素や生理状態によって赤褐色,褐色,緑色,黄緑色,青緑色などさまざまである。海域ではふつう赤潮と呼ばれるが,厄水(やくみず),青潮(あおしお),白潮(しろしお),苦潮(にがしお)などと呼ばれる場合もある。湖沼では水の華と呼ばれている。苦潮については,プランクトンの大増殖と関連していると考えられる極度の低酸素ないし無酸素の水塊のことをさし,赤潮とは区別したほうがよいとする見方もある。たとえば大村湾などで苦潮と呼ばれているのは,海の表層ではプランクトンの大増殖が視覚的には認められないにもかかわらず,底魚類などの斃死(へいし)や逃避現象を招くような極度の低酸素ないしは無酸素の水塊であり,三重県の真珠養殖場では,赤潮が出現する以前に低酸素の水塊が出現してアコヤガイの斃死を招くことが知られている。
 赤潮などの変色現象については古くから注目されてきたが,水域の富栄養化・汚染と関連して近年とくに研究が進められている。厳密な定義はないが,細胞が比較的大型のプランクトン(たとえばオリスソディスクス,ゴニオラックスなど)の場合には100〜200細胞/ml の密度で海面がやや変色したように見え,1000細胞/ml 程度になると明らかに色づいて赤潮と呼ばれる状態になる。大型のプランクトン(たとえばヤコウチュウ)では103〜104細胞/ml,小型のプランクトン(たとえばギムノディニウム,プロロセントルムなど)では105〜106細胞/ml の密度に及ぶ場合がある。赤潮を構成する種の多くは細胞内にクロロフィルを含んでいるので,プランクトンの量を水中のクロロフィル a の量で表すと,およそ50mg/m3以上のとき赤潮と呼ばれることが多い。水中のクロロフィル a 量は100mg/m3をこえて200〜500mg/m3にもなることがある。

[構成種]  赤潮や水の華の構成種のほとんどは,光合成色素であるクロロフィルをもち光照射下で光合成を行うので分類学上は植物プランクトンとして扱われることが多い。しかし中には鞭毛をそなえてかなりの運動能力を持ち,原生動物として動物の分類表にも載っているものが相当数ある。日本の赤潮にみられる主なプランクトンの属は表1のとおりである。安達六郎(1972)は,赤潮の総細胞数の95%以上を1種類のプランクトンが占める場合を単相赤潮,その他を複相赤潮としている。日本の海域で出現頻度の高い種は表2のとおりである。湖沼の水の華を構成する代表的な属は,ミクロシスティス,アナベナ,セネデスムス,アンキストロデスムスなどである。

[記録]  赤潮発生に関する記録で最も古いのは,ギリシアのピュテアス Pytheas によるアイスランド近海での報告(前325)であろうと言われる。旧約聖書の《出エジプト記》にはナイル川の水の赤変で魚が大量に死んだことが書かれている。日本では731年(天平3)に現在の和歌山県沿岸で海水の赤変現象が見られ,5日間も続いたことが《続日本紀》に記されている。また875年(貞観17)や1312年(正和1)の古文書にも川や海の水の赤変に関する記録が残されている。これらはいずれも赤潮に関する記録と考えられる。C. ダーウィンはビーグル号航海(1831‐36)でチリおよびブラジルの沖合でラン藻トリコデスミウムなどによる海水の赤変を観察している。日本では,1890年代に静岡県海域や伊豆江の浦でのヤコウチュウの赤潮に関する論文がある。1910年前後には三重県などの真珠養殖場で赤潮によるアコヤガイの被害が問題になり,プランクトンの異常増殖が原因であるとされた。東京湾でも1907年以来赤潮の発生が報告され,湾奥部では渦鞭毛藻やケイ藻による赤潮のため魚が浮上したり斃死した記録があり,51年にはハマグリやアサリの大量死による大きな赤潮被害があった。徳山湾では1950年代後半から鞭毛藻の赤潮がほぼ恒常的に発生し,漁業被害を伴うので注目されるようになり,燧裁(ひうちなだ)では66年にミドリムシ類による赤潮が初めて発生したと報告されている。やがて赤潮の規模もだんだん大きくなり,各地で赤潮による被害が年々増加してきた。特に瀬戸内海西部では70年と72年に赤潮による養殖ハマチのきわめて大きな被害があった。
 現在,赤潮の発生が毎年みられるのは東京湾,三河湾,伊勢湾,五ヶ所湾,的矢湾,英虞(あご)湾,大阪湾,瀬戸内海,大村湾などであり,内浦湾(噴火湾)のように近年になって赤潮がみられるようになった所もある。また東京湾のように冬季でも赤潮が認められる場合がある。典型的な水の華は諏訪湖,霞ヶ浦,琵琶湖などで毎年夏季にみられる。

[害作用の原因]  魚介類に対する赤潮の害作用の原因については,(1)窒息死,(2)中毒死,(3)その他,に分けて検討されている。窒息死については(a)水中溶存酸素の低下(赤潮プランクトンの呼吸による酸素消費,魚介類の代謝亢進による酸素不足,赤潮プランクトンの死後腐敗による酸素消費などによる),(b)水中の炭酸増加による呼吸阻害,(c)赤潮プランクトンの付着によるえら閉塞性呼吸阻害,(d)低酸素水塊からの逃避力不足,などの原因があげられるが,決定的原因とすることは困難である。中毒死については,赤潮プランクトンによる毒素産生,赤潮プランクトン死後の腐敗毒生成,赤潮発生時に繁殖する細菌の毒力などが原因とされる。毒素産生のめいりょうな報告は少ないが,ギムノディニウムからは強力な毒物質が分離され,プリムネシウム・パルブムからは魚毒イクチオトキシンと溶血作用を示すヘモリジンが,ペリディニウム・ポロニクムからは毒物質グレノジニンが報告されている。人畜に対し赤潮が直接毒作用を示して大きな問題となった例はないが,赤潮プランクトンを捕食した貝類が毒化して,それを食べた人が中毒を起こした例はある。

[発生機構]  赤潮の発生機構についてはいくつかの提案がなされているが,まだ完全にまとまった発生機構論は出されていない。一般に,淡水の流入する内湾や沿岸部で春から秋に発生することが多く,河川を通じて流入する都市排水と工業排水の増大に伴う水域の富栄養化(栄養塩などの増加)が基礎となり,日射,水温,塩分などの諸条件が好適となるのに加えて,ビタミン類(B12,チアミン,ビオチンなど)をはじめとする微量栄養物質や生長促進物質の効果もあって,プランクトンのきわめて急速な増殖が行われるものと推定される。大村湾などで降雨性赤潮と呼ばれているものでは,6月の降雨によって供給された多量の各種栄養物質が適度に希釈され,その他の条件が好適であれば,プランクトンの急激な大増殖が行われると考えられている。また無酸素化関連赤潮と呼ばれるものは9月に発生が認められ,底層の低酸素水ないしは無酸素水を通して海底から増殖促進物質が供給されることによりプランクトンが好適条件をそなえた亜表層で急速に増殖し,表層に集積するという機構が提案されている。

[防除対策]  現在のところ赤潮に対する有効な防除法はないが,基本的には水域の富栄養化をもたらす栄養塩,微量栄養物質,生長促進物質などの供給を少なくすることが必要不可欠である。そのため公害対策基本法(1967),海洋汚染防止法(1970),瀬戸内海環境保全臨時措置法(1973)などによって排水基準が示され,富栄養化防止,汚染防止のための法的措置がとられた。また県条例によって,富栄養化の原因となるリンの供給を少なくするためリンを含む洗剤の使用などを禁止している場合もある。

                        有賀 祐勝

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